焼き網ひばち

ブルーアーカイブ二次創作文章など書きます。

菜の花畑に

菜の花畑に

シャーレ第二部隊のリーダー春日ツバキの寝息は規則正しく繰り返されてカタン、コトンと揺れる移送トラムとは異なるリズムを静かに刻む。

隣の席に座る羽川ハスミは目を瞑って腕を組みツバキちゃんとお揃なポーズだけれど寝てはいない。ちょっとした動きもない待機モードでとっても静か。おしとやか。

現在、第二部隊は任務のために移動中。シャーレから発車する路面電車に乗り込んで、到着し次第大活躍する予定。たまには発車ギリギリに駆け込み乗車をすることもあるけれど、今回は全員余裕を持ってトラムに乗り込み出発の時を待っている。

第二部隊の乗車風景が慌ただしくなる要因として若葉ヒナタがその片棒を担いでおり、もう片っぽはツバキちゃんが掴んで離さない。出発時間までシャーレで寝ているツバキちゃんをヒナタちゃんがうっとり観察、寝顔をギリギリまで見守るため、出発間際に二人三脚の間一髪ドタバタ乗車を見せてくれるのだ。

時間に追われるのはそのコンビだけ。
二人が車内へ駆け込む時にはもう既に他のメンバーは座席について待機をキメている。正義を背負うハスミちゃんと同じく、室笠アカネの辞書にも遅刻の文字は存在しない。移動は迅速に、もちろん丁寧に。やるときはすごい。アカネちゃんすごい。

鷲見セリナもすごい。もはやこわい。誰もトラムへ乗り込んでいる姿を見たことがないけれど、発車時間になると乗車を済ませて座っているのだ。

先に向かってください。ヒナタちゃんが伊落マリーにそう言うのでシスター・マリーは些かの心配を胸にトラムへと向かうのがいつものやりとりであるが、以前歩きながら見遣る窓外にセリナちゃんらしき人物を見かけたことがある。ちょっと遠くを歩いてる白いあの娘。セリナちゃんに違いない。

屋外であった。距離もあった。歩いて間に合う次元ではない。心配事がまた増えた。それでも自らの歩みを止めるわけにいかず、トラムに乗り込んだ視界の端にちょこんと座るセリナちゃん。驚き一瞬だけ見開かれたシスター・マリーの瞳はそのまま視線を動かすことまでは耐えて、ジロ見するシツレイは犯さなかった。

窓から見えた女の子は自分の見間違い。そう納得したかった。でも、どうしても、納得出来なかったシスター・マリーは席について祈ったのだった。

平穏のあらんことを。


メンバーは今日も無事に揃った。ほどなくして第二部隊を乗せたトラムがシャーレを離れていく。約束された大活躍へ近づいていく。


静かな車内。誰もおしゃべりをしない。不仲ではなく不要なための静寂。誰も公言はしていないが第二部隊は全員が皆のことを大切に思い活動している。なかよし!!もっというと大好き!!!の部類に括って過言ではない好意の輪で結束しているのだ。だから強い!彼女らが守備に重きを置いた戦法を得意としている点もなかよしを匂わせるに十分である。大活躍間違いなし!

たとえ何が相手でも!

『どうだろね!』
唐突にエネミー出現。今回は看板!第四の壁をブチ抜いて木製の看板が出現だ。やつが現れたのは移送トラム用線路のすぐ横で、敵役にしては誰も観測していない場所での地味な登場。

『それでいい!』
もうすぐ第二部隊を乗せたトラムが駆け抜けるはずの線路の周囲が突如出現した看板を中心に妖しく揺らめいていく。看板の文字もいつの間にか次々と書き換わる。
『シャーレめ!』
『第二部隊め!』
『よくも私を!』
『踏んづけて!』
線路を包む陽炎のような揺らぎは歪みに変わり、視覚・触覚・味覚・あらゆる感覚を揺さぶるぐにゃぐにゃがどんどん暴れて広がって、悪ノリを思わせるほどのピーク時にトラムはやって来た。

『祝ってやる!』
誤字か皮肉か、宣戦布告の文字を抱えて看板が消える。その背中には上矢印の記号⇧が確かに刻まれていた。

看板が消えると同時にぐにゃぐにゃしていた世界も元通りしゃんとして視界はクリア。きっちり残された線路の上、第二部隊を乗せたトラムだけが綺麗さっぱりいなくなる。

世界から切り離されたシャーレ第二部隊。でもきっと大丈夫。どこにいこうと大活躍間違いなし!

トラムのおでこ。誰も見てない行き先表示が人知れず切り替わっていた。おいでませ第二部隊。

『菜の花畑に⇧』


空気が、雰囲気が変わった。いつの間にか柔らかく、静かなものだが馴染めない雰囲気にすべてを飲み込まれた。

一見すると穏やかなのに隠しきれない不穏が満ちて、他人事の団欒を突きつけられたかのような居心地のよくない気配が肌を撫でる。

異常に気付いたツバキちゃんもお目覚めで、第二部隊の全員が揃って見つめる窓の外には夕月が浮かび、どこかの田舎の田圃の中を突っ切るように伸びた線路が微かな西日に照らされ浮かび上がっていた。

線路上を進み続けるトラムを囲むだだっ広い田圃の向こうは菜の花畑。黄色い花がこれまた遠くまで広がって皆の視界の行き止まり、遥か遠くに森、そして山、山、山。
世界を切り取るかのように見渡す限りいっぱいに森と山が立ち塞がって動かない。ハスミちゃんが山の向こうに目を凝らしても全方位みーんな霞んでぼやけて、今ここでパノラマ写真を撮ったとしても映えてはこない徹底っぷり。


不可解はまだ重なり続けて積み上がる。トラムのために敷かれた線路も違和感ばっちり。遠くの方はぼんやり霞んで、見渡せるはずの進行方向がうまく視認出来ない。セリナちゃんが振り返ってここまで来た道を目で辿っても視線の先はあやふやにとろけるばかりで、線路が静かに横たわる以外は田舎を囲む森の色に塗り込められてよくわからない。

 


理解を阻む田舎の情景に閉じ込められて、日の入りの始まる刻限のど真ん中へ、自動運転の移送トラムが静かに停車する。プログラムされた停車すべき駅など存在しない、暮れる田舎の田中の小路へダイレクトにぶっ停めるスタイルはトラム搭載のAIにしてはヤケクソ気味ながら、いい判断であろうか。

 

いつもの音を立ててトラムのドアが開く。トラムが開けたのか、この田舎にこじ開けられたのか、どちらにせよ第二部隊と不思議な世界を隔てるものはもう無くなった。

「何が、起きているのでしょうか」
ヒナタちゃんが問い戸惑うけれど、誰も答えを持ってはいない。

『教えてやる!』
木製看板が偉そうに突き立っているのはドアの前、道のど真ん中!けれど誰もそれを見ちゃいない。

誰も車内から出る事無く、皆であーだこーだと話し合いに夢中なのだから。

「任務への道中でないのは確かですね」
冷静に呟くハスミちゃんの声音はいつもと変わらず落ち着いていて頼もしい。

「場所も、時間の流れも、キヴォトスとは全く違うようです」
アカネちゃんのため息でパタン。クラシックな懐中時計が閉じられる。
任務の時はハンターケース。とっても優秀なメイドさんの懐中時計でも、この田舎では駄目っぽい。進んだり、戻ったり、たまにデジタル表示化してみたり。のぞき込むたび表情を変える万華鏡の玩具めいた挙動の為に使用不可能。

「脈拍は測れるのでご安心くださいね」
ニッコリと開き直った笑顔をこぼしてセリナちゃん。胸元のナースウォッチは時計機能を放り投げて脈拍特化の謎進化を遂げてしまったようである。文字盤いっぱいにセリナちゃんの現在の脈拍を示し続ける。ナースウォッチを取り外してツバキちゃんに、次にヒナタちゃんへ、装着者が変わる毎にちゃんとそれぞれの脈拍を一瞬で測って見せるからこれはこれで便利なものである。

「ヒナタちゃん、脈はやいねー」
「それは、急にこんなところに来てしまったんですから、驚いてしまって」

ツバキちゃんに言われて、更に皆に見つめられて、急に恥ずかしくなったのかヒナタちゃんの脈拍がまた少し上がる。脈拍公開プレイでしょうか、尊いですね。

「どうしましょうか、これから」
シスター・マリーが放り投げた問いが誰かにキャッチされる事はなく、トラムの床に転がって、そのまま開け放たれたドアを抜けて外へ、不思議な田舎へ吸い込まれて消えていく。
ナースウォッチがセリナちゃんの胸元に戻っても、第二部隊が放り込まれた状況は何も変わらない。


『無視すんな!』
『脈じゃなく!』
『こっち見ろ!』


地味。注目されない絶対的な要因、看板として致命的な欠陥のために焦れてじれて、

『もういいよ!』
『第二部隊め!』
『踏みつぶす!』

看板が怒って割れた。縦にぱっかり綺麗に半分こ。誰にも読まれないまま5文字メッセージを更新し続けるのは苦しい。それこそ身が裂けんばかりの辛みがあったろう。お疲れ様、木の看板。そして二つに割れた奴の中から現れる矢印⇧が刻まれた六角タイル。怒っているのかほんのり赤い青色の、任務でたまによく見る六角形のギミックタイルが宙に浮かんでいた。

脱皮。そう断じて問題ないほど自然な流れで今回のエネミーが真の姿を現したのだ。怒り状態での登場は即攻撃開始ということで、名乗りもせずに襲い来る。

看板が割れた音を聞いて、流石にそちらを見ない第二部隊ではなかった。皆にとってのエネミー初観測は空飛ぶそして怒れる見慣れた矢印⇧タイル。哀れ地面に転がる木の看板のなれの果ては田舎の風景に親しみ過ぎて、やはり第二部隊の意識にはついぞ最後まで上らなんだ。さよなら、木の看板。


菜の花畑の向こうから鐘の音が木霊する。ボーン、ボーン、と繰り返すたびに音が近づいてくる。トラム目掛けて遠くから、鐘の音を響かせて青い何かがやってくる。
ゲーコ、ゲーコとでっけぇ蛙の鳴く音までもが聞こえたところで皆の眼前に浮かぶタイルが遥か後方、謎の音源へ向けて飛び去った。

もとよりの厭な雰囲気に加えてタイルが放つ色濃い敵意もトラムの周囲に粘っこくひっついて散らず、こうして両陣営ともラグもハンデも背負うことなくだいたいフェアに戦闘開始を認識出来た。


『ボーン!』
一際おかしい鐘の音が耳に入ってくる。同時に怒気を含んだメッセージも音を捉えた者全員の頭に入ってくる。精神攻撃だ!

『シャーレ第二部隊に告ぐ!』
『踏んづけられた苦しみを知れ!』
『踏んでやる!潰してやる!』
『それとも丸呑みがお好みか!』
『今度は私がお前達で遊んでやる!』

改めての宣戦布告に全員なんとなく思い当たる点があったので、皆それぞれ唸ってしまった。

原因は暇つぶしの遊びだった。
第一部隊と共に参加したある任務。とびきり平和な内容で、キヴォトス一の絶好月見スポット探しのために駆り出されてあちこち動き回っていた時のこと。


部隊別行動でいろんなロケーションを巡っては写真と位置情報を報告して最後の候補、ゲヘナ区画のとある山頂で決めポーズした写真を撮れば任務完了の知らせが届いた。どちらか一つの部隊で完遂可能。
第二部隊リーダーたるツバキちゃんのもとには元気いっぱいの第一部隊が既に登山を開始している通信も入った。

『センパイ!ワタシたちの決めポーズ、ばっちり決めて来マス!では任務完了後に合流地点で会いまショー!』

第一部隊リーダーからの通信後に残されたのは第二部隊とおっきな暇。それは元気な少女達が一山登って降りる分。
だから遊んだ。第二部隊は遊んでしまった。担当分のお仕事が済んだといっても任務中の移動フェイズは続いており、足下を注視すれば六角形の床タイルがあちこちに見つかる。当然、矢印⇧タイルもたまにいる。

こいつに乗ればワープができる不思議床!
戦闘任務とは比較にならない、キヴォトスを網羅するほど広範囲に有効なファストトラベル装置が足下に!

もう、乗るでしょ。
合流地点で相手を待たせないようにだけ気をつけてその日、第二部隊は思う存分に遊び続けた。キヴォトス全域踏みつけてワープ、ジャンプ、転移!
結果としての⇧タイル激おこである。現在進行形でぷんぷんだからムカ着火の火柱鬼アツ活火山。第二部隊大炎上なう。

 

「どこで恨みを買うか、わからないものですね。慣れてはおりますが。」
思わぬ逆恨みについては経験豊富なハスミちゃんがしみじみ呟く。悪いコの目の敵、正義実現委員会は伊達じゃないのだ。

「人を乗せるのも大切なお仕事なのに、踏まれて怒るだなんて。困ったフローリングです。」
プロとして、メイドとして、お仕事への考え方には譲れないものがあるアカネちゃん。このタイル、装置としてどうなんだ。教育が必要ではなかろうか。

「と、とにかく!お相手が怒っているとしても、まずはお話をして、私たちに出来ることを…」


「お話、出来るかなー?」

ヒナタちゃんの平和的解決へ向けた提案も、穏健なるツバキちゃんでさえ疑問で返さざるを得ない状況であった。

 

問答無用。聞く耳持たずにゴロゴロ来たる音がする。開け放たれたトラムの扉、真っ正面に伸びた小路を転がりながらたまにボーン!と鳴るのが鐘の音ならば、地面に弾んでゴロゴロ鳴らすこれも鐘の音。

六角形のタイルがたくさん集まって、作れる形は自由自在なはずだけど大きな鐘となっての一直線。並々ならぬ鐘への拘りを持った奴が突っ込んでくる。その執着の出所や、あの速度から発生するインパルスも、あれこれごちゃごちゃ考える前にツバキちゃんの体は動いていた。彼女こそ第二部隊のリーダーにして盾なのだから。

トラムから飛び出してツバキちゃん。掲げるのは百鬼夜行の文字を背負った赤白めでたい大きな盾。怒れる青い鐘とぶつかって改めてわかる頑丈さ。

大丈夫、いける。盾は問題なし。
転がる鐘へもガツンとしっかりコンタクト!アブソーブ!でもツバキちゃんがよろしくない状況。緩衝成功で盾受けによる気絶はせずとも、まだまだ全然殺しきれないエネルギーがツバキちゃんをずいずい後ろへ押し下げる。盾を構えて踏ん張る歩幅が轍になって田中の小路を抉り掘る。盾を隔てて止まらない鐘により下がり続けるツバキちゃんの背中へトラムがどんどん近づいてくる。

ヒナタちゃんはもっと近い!戦う覚悟を決めたら即座にツバキちゃんの背中めざして急接近というかもう密着尊い!力持ち!!ドッキング!!!
押し返すツバキちゃん×駆けて抱きつくヒナタちゃん×めでたい百鬼夜行シールド=つよいパワー!新たなる力点の誕生により、いよいよ作用されるのは鐘の方だ!

「左に!振りますよ!」
「うん!わかった!」

力の籠もったパワフルな打ち合わせで作戦の方向性は固まった。

「「せーのっ!!」」

凄い力で盾を振り抜いて吹っ飛ばす。作戦通り、息ピッタリの二人だから出来ました!田おこしが済み水が入ったばかりであろう春風そよ吹く泥んこ田圃その中心へ、大きな鐘を叩き込む!


そして現れる蛙であった。でっけぇ蛙。仕込み蛙。宙に打ち返され落下する鐘の空洞から勢い良く飛び出して、トラムの正面小路にエントリー。飛び出す時に蛙が強く蹴るもんだから、鐘の方は田圃の泥んこへより深くめり込んで一回休み状態。コラテラル


「今度はなんですか!?」

先程から戸惑うことばかりなのに、ヘンな奴らがまだまだ出てくる。蛙を目の前にしてヒナタちゃんのビックリがどんどん積み上がる。

「おっきいねー!」

大ガエル。絵巻物で見たことあるやつだ!ツバキちゃんは目の前に這い蹲る蛙に対して妙なれど小さな感動を覚えてしまっていた。もしニンジャが蛙の上に乗ってたらカンペキ!リアル絵巻物!


第二部隊に怒りの鉄槌をぶちかますべく敵が用意した刺客。ボス表記すれば『カエル&ベル』がいよいよ本気を出して揃い踏み。ただし片方は泥の中。


所詮はタイルの集合に過ぎない鐘の形のハリボテに、現実感のある物理的重量を与えていたのがこのカエルであり、文鎮だとか漬物石では為し得ない攻撃行動も出来るのがポイント。

ボーン!

泥に埋もれたベルから丸呑み攻撃の合図が響く。カエルの喉が膨らんで、戻った時がお楽しみ。きっと長い舌が飛び出して、かわいそうなヒナタちゃんが絡め取られてしまう。シスター服がべったべたに汚されてしまう!さぁ喉がしぼんで、ベロが飛んでくる!


「撃ち抜く!」

だがシスター服は汚れない。トラムの屋根からハスミちゃん!正確に、凛々しく、格好よく。彼女がお気に入りのスナイパーライフル『インペイルメント』で撃ち降ろし狙撃をばっちり決めるから!カエルが伸ばした舌へズガンと撃ってバチンと当てる。

弾力のあるカエル舌が弾道に沿って地面を叩き、バウンドして後方へ流される。己の舌に引っ張られ、スローカメラで記録したいほど綺麗な宙返りを経て、狙撃の激痛によりカエルは気絶を余儀なくされる。いくら高威力を誇るハスミちゃんの狙撃といえど弾丸一発で意識を飛ばすのはよほどの低レベルか、このカエルがキヴォトス世界の存在ではないのだろうか。弾丸が舌を貫通しないところを見れば相当にタフな耐久を有するこの大ガエル。ザコというにはあまりにもボスである。

ボーン!

ベルから再びの攻撃合図。しかし現在カエルの意識は飛び去って戻らない。それでもカエルの体が痙攣混じりに強張ってまさに無理矢理ノドが膨らむ。
どこも見えてはいないだろうにトラムの屋根にいるハスミちゃんを見上げるその目は痛々しい虹色に輝いていた。

カエルとベルを繋ぐ鐘の音は連携のためのコミュニケーションなどではない。単なるコントロール音波、一方的支配の方法でしかなかった。


すぐ気絶するくせに非常にタフな理由はカエルがやはりキヴォトス由来の存在ではないから。この場所ではキヴォトス時間を表示できない時計も、見たこともないこの田舎がキヴォトスとは決定的に異なるどこかである証明となる。

田圃にカエル。見知らぬ田舎とワープのタイル。鐘の形そのものへの拘泥。音で操る偽りのコンビネーション。ピースをはめれば見えてくる悪意の根っこは泥の中。

ここまでやるのか。
他の世界を巻き込んで、無関係のカエルを操り敵に嗾け、傷つこうが顧みない。かくも悍ましい手段を執るほどの恨みなのか。

第二部隊全員がうっすらと抱いていた鐘型敵性タイルに対する負い目だとか、戸惑いの感情がスッと冷めていく。

一瞬間、ほぼ同時に6人の目からハイライトが消え去る。

このタイルはここで壊さないといけない。


決意と共にキラキラお目々に戻ったら全員本気モードでお仕事開始!
邪悪を滅ぼすとはつまり世界を守る事と大昔から相場が決まっており、守ることに於いて第二部隊は絶対に強い。

手始めに蛙さんの避難をあっさり済ませてしまった。もはや敵ボス『カエル』などではなく保護対象の蛙さん。やや強引な避難手順はこうである。


まず祈るのだ。逆恨みの戦闘に巻き込まれ、シスター服を汚そうだなんてとんでもない悪行に加担させられた挙げ句ベロまで撃たれて気絶したのにまだ働かされている不幸な蛙さんのために、シスター・マリーが心から祈るのだ。


すると蛙さんの周囲を聖なる力が覆うであろう。あたたかい祈り(『シールド』とも表記可)が青い光球となって蛙さんを包み込み、外界から襲い来る一切の艱難辛苦から蛙さんをしゅ、守護るであろう。

本日の祈りは特に手厚く、生み出されたシールドは外部へのアクセスも遮断する硬派な仕様。蛙さんの鼓膜にこびりついた最後の攻撃指令が暴れても先回りして守護る!勢い良く伸ばされたベロ攻撃もシールドがやんわり優しく阻んで止めて、祈りの力で丁寧にベロがお口に仕舞われて、蛙さんの手番はおしまい。

ベロが出ようが出まいが構うことなく、アカネちゃんの眼鏡がキラリ。手には爆弾。メイドさんの必需品が優雅に、素早く、蛙さんの腹の下へ放り込まれてすぐ爆ぜる。あたたかい祈りの加護を受けて、今や耐熱耐爆バッチコイの蛙さんが夕月浮かぶ暮れ空に跳び上がる。


爆風に舞い上がる蛙さんのシールド包み。いよいよお別れの一斉射撃の準備はバッチリ。皆で背中を押してあげるから遠くへお行き。つまらないことに巻き込まれないほど遠くまで。

送り出す目標地点は田圃を抜けて菜の花畑を越えた先に広がる森、もっと言うとお山の向こうまで飛ばしてみたい気もするけれどお山の天気はすこし寒すぎるのかしら。

祈り続けるシスター・マリーを除く5人による集中砲火のエネルギーは十分に伝わったようで、お別れのための対空一斉射撃を受けていよいよ削れ始めたシールドの輝くフラグメントをキラキラ散らしながら蛙さんが遠くへ、遠くへすっ飛んでいく。ヒナタちゃんが放つグレネード弾乱れ打ちの着弾、爆風も味方につけて軽やかに速度を増していく。

滲みはじめる日没の薄闇、硝煙、爆煙、ぼやける世界にくっきりと光る青い光の帯を引っ張って蛙さんはまだまだ無傷に守られてオッケー!


いよいよ霞みゆく空、浮かぶ朧月を追いかけるように飛び去る蛙さんは神秘的で、非現実感がギャグっぽくもあり、射程圏外まで離れてしまえばいよいよお別れ。お別れのアイサツとして神秘には神秘で、ギャグには笑いでお応えすべし。皆で一安心を込めての神秘的アルカイックな微笑みでのお見送り!お達者にぐっばい。

結果として目標のお山までは届かなかったけれど、戦場からかなりの距離を吹っ飛ばした先の菜の花畑へ蛙さんを無事送り出すことが出来たので、ヨシ!


蛙さんがリタイアした途端に先程まで周囲を包み込んでいた厭な雰囲気は毒気を抜かれたように牧歌的のびやかさを取り戻し、淡い心地よささえ匂わせる変わりよう。今となっては長閑極まる暮れた田舎に馴染みっこない敵意、敵ボス『ベル』の放つ邪悪な殺気だけが不快に鼻を撲つばかり。


悪い子。
やっぱりあなたじゃないですか。
泥まみれ睨まれてまだ嵌まり込む鐘タイル。田圃の中のベル。哀れなベル。
もう、終わりにしましょう。


『帰れないぞ!』

鐘がクワンと鳴いて、皆の脳内へメッセージが流れ込む。内容は脅し。

『私がいないと帰れないぞ!いいのか!?』

どこまでもコモノ!ズルイ!


でも大丈夫。帰り道は存在する。ベルには知りっこ無いけれど、第二部隊にはお馴染みの抜け道が皆の体に叩き込まれてちゃんとあるのだ。

答えは任務:移動フェイズのシステムルールにちゃんと書いてある。
Q.もし、足下の床タイルが消失したら、そこに展開中の部隊はどうなるのですか?
A.最寄りのスタート地点に戻されます。安心!


シャーレでの活動中はこのルール適用が頻発する。
もはや第二部隊の十八番というか、第一部隊のイケイケな性質が引き起こすお馴染みの現象。確認も連絡もなしに第一部隊がフロア消失用ギミックタイルへ元気よく突撃するので、共同出撃で展開中の第二部隊はよく足下の床タイルを消失させられてはスタート地点に戻されている。


第一部隊と床消しタイル
朝比奈フィーナ:よく踏む
獅子堂イズミ:たまに踏む
千鳥ミチル:だいたい踏む
伊草ハルカ:うっかり踏む
愛清フウカ:踏みはしない
伊原木ヨシミ:極稀に踏む

第二部隊:スタート地点に戻される!


ベルつまり床タイルどもは知らない情報。知り得ないのだろう、自らが消失したあとの世界の流れを。


この期に及んでの小物ムーブに更生の余地ナシの判断は自明。自分たちが帰るため、また好き勝手利用された蛙さんのためにも、やはりこのタイルは徹底的に破壊するしかないのである。


「やるしか、ないんですね。」
少し寂しげに、ヒナタちゃんがハンドガンを構えて嘆く。

「当然です。グレネードの使用もご一考ください。」
射撃姿勢を整えたハスミちゃんがヒナタちゃんにきっぱり返す。第二部隊のアタッカーコンビが狙う先、田圃に刺さってぽっかり空いた鐘の口にメイドさんからプレゼント。アカネちゃんの素早い完璧なお仕事により、爆発物がどっさり放り込まれて溢れんばかりのグリフォンMIXピラミッド盛り!皆の夢、メイドさんからの“はい、あーん”で昇天せよ。


「ではお掃除、よろしくお願いしますね」

ニッコリと、でも凍えるような冷たさでアカネちゃんがメガネをなおす。

 

割愛していたがベルからのメッセージは終始止むことは無く、脅しから開き直りへと変わりゆき、最後は言葉も消え失せて、夕方に流れてきそうなメロディを電子音めいた懐かしい音に乗せてなぞり続けていたが、ついにその音もしなくなった。


戦闘終了。
結果として火力マックス大爆発に耐えられるはずもなく、灰燼に帰したパネル達。


その威力たるや凄まじく。この爆薬の量、ヤバイのではなかろうか。シスター・マリーがすぐ目の前に積み上がる爆発物を見つめて気付いたレベル。このままではターゲットどころかトラムごと消し飛んでハッピーする未来がありありと脳裏に浮かびきて、彼女は手を組み、祈るのだった。


平穏のあらんことを。


消せない悪意、巻き込まれた田舎、第二部隊の未来、そのすべてをまあるくおさめる最適解は祈り。強い祈り。


衝撃で起爆する都合のいい爆弾をトッピングしてくれたアカネちゃんの粋な気遣いにハスミちゃんが感嘆しつつ引き金を引く。撃ち込まれた高速弾が爆弾へ着弾した瞬間が勝負。反応速度の壁を飛び越えて、あたたかく強い祈りが神がかり的タイミングでシールドを展開する。

シスター・マリーの引き起こす青い奇跡。

ハスミちゃんからの弾丸を起爆前に弾くこともなく、起爆後の爆轟を外に逃がすこともないジャストの瞬間。祈りは届いた!ヒナタちゃんの出遅れた拳銃弾がシールドに弾かれて田圃に吸い込まれたのは内緒だ!

 

丸くて青くて光って守る頼もしきシールドが、重なり合うとんでもない規模の爆発ごとベルを封じて逃がさない。


こうして怒れるタイル達は塵となり、悪意もろとも意識ごと無に帰した。それでもシールド内の終末は終わらない。だって圧力の逃げ場がないんだもん!外からの衝撃か、時間経過で消え去るシールドの中で育まれるラグナロク

敵には勝ったが、莫大なエネルギーを孕んだシールドが悪魔的威力を溜め込んだ時限爆弾が目の前に!

このままシールドが消失したら、まさかの異世界にて爆発オチで塵と消えるか第二部隊!

どっこいそんなことで潰える第二部隊ではない!

奇跡ナメんな!と言わんばかりに都合の良い音が響く。

ペキッ!
それはシールドが割れる音。

ヒナタちゃんだ!シールド展開から今この瞬間までに唯一シールドへダメージを与えた存在、ヒナタちゃんの愛銃『ブレッシング』から放たれた一撃がシールドにヒビを入れた!

内部から大爆発させるなんて用途ガン無視の使用方法をするものだから、シールドだって本来の機能を保つ保証はないのだ。ヒビも入れば穴も空く。

良い子羊は決してマネしてはいけません。シスター・マリーとのお約束です。

固唾を呑んで成り行きを見守る皆の体感時間はどこまでも延びて、脳内にはアナウンス。カウントダウンが進んでいく。


『世界からタイルが消失したため、元の世界へ帰ります!』

10,9,8…

伸びきった時間の中で、カウントダウンを待てないかのように、シールドが田圃を飛び出し空に浮かび上がるのを第二部隊全員が目で追っていた。


7,6,5…

ロケットの打ち上げよろしく溜め込んだ爆発エネルギーを消費して、小さな小さな穴から盛大に火を吹きながらシールドが飛んでいく。奇跡的にうまいこと垂直に、霞んだ空、浮かぶ朧月を背に、そよ吹く春風を巻き込んで。


3,2,1,…


そのまま遥か彼方に飛んでいき、お空の向こうで小さく爆ぜた。サヨナラ!打ち上げにエネルギーを使い果たした故ちびちゃい爆発で済んだのか、小さく爆ぜた程度にしか感じられないほど遠くまで吹き飛んだ末の大爆発であったのか、誰も判別出来ない幕引きであった。


カウントダウンが終わる。感覚がぼやける。スタート地点へ戻る時はいつもそうだったろうか。記憶と、遠くに広がる菜の花畑が滲んで揺れて、辺りはすっかり夜になる。朧月夜に包まれて、あらゆるものが霞んでいった。

 

カタン、コトン。


トラムが静かに揺れている。

第二部隊は任務のために移動中。
全員揃っていつもの席に着席していた。

窓から見える空は快晴。青く晴れ渡り、お空には同心円状の不思議な線が並んで浮かぶいつもの景色。

キヴォトスの空!

「みんな、いるね!良かったー」

見渡してツバキちゃん。安堵してすぐに寝息が聞こえる平常運転。

「無事、帰って来られましたね。」
ハスミちゃんの落ち着いた声は安心感バツグンの上にお淑やか。


「どうなることかと思いましたが、ここにこうして、皆が揃って、え!?まだ続くんですかッ!?」
このまま帰りたいけど終わりではない。ここは往路をひた走る移送トラムの車内であり、ヒナタちゃんを含め第二部隊にはこれから任務に赴いての大活躍が待っているのだ。


「落ち着いてください、シスターヒナタ。キヴォトスに帰ってきたのは事実です。こんな時は深呼吸して『ただいま』を唱えれば気が晴れるといいます。ご一緒しましょうか?」

アタッカーコンビの仲良しも尊い
窓の外、流れる景色に深呼吸して、仲良く並んだお揃いの『ただいま』!『ただいま』!『ただいま』!

ただいまキヴォトス!
待ってろ任務!


「おかえりなさいませ。ふふ、任務への出撃前ですが、皆さんの装備品の補充を要請しておきました。現地にてお受け取りください。」

気遣い出来るアカネちゃんに皆からのありがとうが押し寄せる。
自分も帰ってきたばかりな事にツッコむ余地のない完璧な仕事ぶり。

慌てたのはシャーレの先生!アカネちゃんからの急で異例な事前補給要請にシャーレ保有の補給ドローンでは速度が足りず間に合わず、第二部隊補給セットは砲弾めいた補給箱に急いで詰め替えられて、シャーレ秘密兵器のひとつ“シャーレ砲”により現地へ向けて打ち出されたりした。補給物資の発射、着弾による死傷者はゼロで安全無事に必要量が届けられたりした。


補給要請を済ませて通信端末を仕舞ったアカネちゃんが取り出したのは懐中時計。ケースの中でしっかりきっかりキヴォトス時間を教えてくれる文字盤を眺めては、満足そうに微笑んでいた。

「ただの時計に戻っちゃった。」
セリナちゃんのナースウォッチも元通り。ある意味便利だった脈拍自動測定機能はロストしたけどそれはそれ!やはり時間と脈拍どちらもわかるいつもの時計が便利なのだ。

「セリナさん、それは何ですか?」
ナースウォッチを見つめるセリナちゃんの手には見慣れぬ容器、手のひらサイズの“油壷”。ガマノアブラ!
壺を見たシスター・マリーが思わず聞いてしまうほど異彩を放つ不思議アイテム感がすごい!

「蛙さんから頂きました!お薬みたいです。」

「!!」

いつ貰ったの!?
なんで!?

つい目を見張るシスター・マリー。あの世界でのお祈り中は目を瞑り、神秘の奇跡のために精神集中していたけれど、確かにセリナちゃんをずっと注視していたわけではないけれど、いったいどのタイミングで彼女は蛙さんとコンタクトをとったのだろう。

疑問は。

「舌の軽い打撲のようでした。心配いらないと思います。頑丈な蛙さんで良かったです。その診察のお礼で頂いたんですよ。」

疑問なんて。

丈夫な蛙さんが無事ならば、それでいいのではないでしょうか。

何にでも効果のある有難いお薬と聞きました。分析が楽しみです!というセリナちゃんのはしゃぐ声を聞きながら、シスター・マリーはそっと腕を組み、祈るのだった。


皆様が無事でなによりでした。
心より、感謝いたします。