焼き網ひばち

ブルーアーカイブ二次創作文章など書きます。

足立レイちゃんの忘れ物

茜ちゃんの悲鳴は玄関から!

「葵ー!あおいぃーー!!大変や!手が!手がおちとるぅーー!」

ちょっと来てーなー!手や!いや、腕か?まぁええ!コレ見てや!あおいー!!


お姉ちゃんがいくら呼んでも叫んでも、葵ちゃんはキッチンから出て来ない。ひとり籠もってあーだこーだ考えながら、本日のお料理教室の反省点を晩ご飯にぶつける事に余念なし。

記憶と手応えが消えないうちにぐるぐる回せPDCA。食材と反省会は鮮度が大切。落ちてる手と騒ぐお姉ちゃんは晩ご飯の後でもなんとかなるでしょ。優先順位が少し変かも。お料理大好き葵ちゃん!


少し前まで活気に溢れたキッチンも今はもう静かなもので、葵ちゃんが手を動かす音だけが響くのみ。今日は葵ちゃんのお料理教室開講日。準備、開講、反省会まで、今日のキッチンはまるっと一日葵ちゃんの貸し切り状態。もっとも茜ちゃんがキッチンで動き回る事はほとんど無いに等しいけれど。
茜ちゃんの大好物であるエビフライを楽しむのだって、茜ちゃんだけでは完結しないのだ。

お姉ちゃんは自慢げに語る。
「エビフライをお家で食べるにはな、葵がおらんと始まらんねん。まぁ、自分でも作れん事はないけどな(嘘)。葵の作るエビフライ、ウチ世界一好きやねん。もちろん葵のことも宇宙一大好きやで!」


愛されまくる葵ちゃんの今日という日はめっちゃ忙しく、ジッサイ手が落ちとってもそれどころじゃないレベルでやること沢山!当然依然うるさいお姉ちゃんも後回し!

すべてはお料理教室のため。葵ちゃんが人生をかけるレベルで熱を上げてしまうのも、楽しすぎるんだから仕方がない。

琴葉邸に生徒さんを迎え入れ、皆で一緒に楽しくエンジョイお料理タイム。教室として、先生と生徒として。そんな事は建前で、細かいことは気にせずにリラックスして楽しみながら、お料理に対して真摯に向き合うタイプの集まりだから、葵ちゃんは生徒さんがそれぞれ向き合うお料理に軽く手を添えるだけ。


それこそが葵ちゃんのライフワーク。家事代行業に汗を流して日々を生き抜く葵ちゃんが、人生を豊かに彩るべく開き続けているお料理教室なのであった。

「お姉ちゃーん!手に名前書いてない?」
茜ちゃんにやっと声を掛けつつも、晩ご飯を作る手は止まらない。葵ちゃんは片手間に心当たりを問うてみる。

「んなアホな、ってある!お名前書いてあるで!!“えど”やて!ひらがなや!」

ビンゴ!
手の持ち主はお料理教室の生徒さん、足立レイちゃんで確定だ。
ロボットである彼女には足立レイという立派な名前があるけれど、彼女に割り振られた固有番号No.0503.から引っ張り出した“エドウィン”というニックネームも持っている。

足立レイだけでは識別出来ない場合には、ニックネームを積極的に用いているようだ。ちな彼女がジーパンを履いているワケではない。ただ興味はあるっぽい。


今回の忘れ物はまさにばっちりエドちゃん呼びの使いどころ。足立レイの腕パーツは世界中にたくさんあれど、“えど”のお名前が刻まれた手は世にただひとり、私達のレイちゃんの手に違いない。

おそらく汎用ハンドをお料理用に換装して、そのまま忘れて帰っちゃったんじゃないかしら。

「良かった。じゃあそれ生徒さんの忘れ物だから、あったとこに置いといてー!」

「手を忘れるなんて、スゴイ生徒さんやなぁ!わかったで、置いとくー!」

「ありがとー。晩ご飯、もうすぐ出来るからね。」

落ち着きを取り戻した茜ちゃんが忘れ物の手を拾った場所に置き直し、居間に戻れば唐揚げのいい匂い。葵ちゃんが腕を振るった美味しい晩ご飯はもうすぐ完成!

ご飯の前には、まず手を洗うべし!キレイに手を清めながら、美味しそうな匂いに刺激され、ぐぅと鳴るお腹に茜ちゃんの笑顔がこぼれる。
準備万端、ばっちこい!
葵ちゃんの美味しいご飯を毎日食べられる幸せを空きっ腹で噛みしめる茜ちゃんなのであった。


ーーー

レイちゃん、忘れ物に気付く
「局長、手を忘れました。汎用ハンドがありません。」

お料理教室から帰って、レイちゃんが忘れ物に気付いた。

自分の手がやけにキレイで、お料理専用ハンドパーツがカバンのどこにも無いことに。

「琴葉さんのところかい?」
報告されても、月読アイにもどうにも出来ないことはある。

「はい。今日は他に寄り道もしていないので、お料理教室にあるはずです。どうしましょう。」

「また明日取りに行こう。今日はこのまま過ごしてくれたまえ」

アイちゃんの言葉を聞いて、レイちゃんの顔が曇った。明確にすっごい悲しそう!

「これは、その、お料理のための手で。今から取りに行ってはいけませんか?」

普段アイちゃんからの提案への返答を渋ることなどほぼ無いレイちゃんが珍しく粘るので、ほんの微かに、だが確実にアイちゃんの目が怪しく輝いた。

(興味深い!お料理ハンドに、いや、お料理に対してだろうか、よほど大切なこだわりがありそうだ。これは面白い。)

ここで強引な対応はよくなかろう。大切なものは、尊重されてしかるべきだ。アイちゃんの判断が下される。

「今からだと少し遅い。きっと晩ご飯でも食べている頃だろう。そのかわり、試作品だが新しいハンドパーツを持ってこよう。お料理ハンドは外して、汎用ハンドが戻るまでそちらを着けて過ごせばいい。それでいいかな?」

やわらかい提案にレイちゃんが反発する理由はない。
レイちゃんに笑顔が戻った!
さすがアイちゃん局長!

「はい!局長、ありがとうございます!早速新しいパーツのテストを兼ねて、お料理ハンドを消毒してみます!!」

やはり彼女にとってお料理関連の優先順位は高そうだ。大きな括りの足立レイという存在よりもっと踏み込んだ、エドウィンとしての存在が強く影響していると見て間違いない。やはり彼女は日々成長している。もはや機械だロボットだなどと勝手な枠に押し込めていい存在ではないだろう。

「いいさ、君の頼みだ。手のひとつやふたつお安い御用だよ。待っていたまえ、すぐに用意するよ」

ぴょこんとお部屋を出て倉庫へ向かいながら、アイちゃんにも笑顔が浮かぶ。

頼もしい相棒がこちらの予想を上回る驚きをもってつまらない世界を面白く彩ってくれる。人生、退屈するにはまだ早い!


「<試作品ハイパワーハンド>か。力加減に注意するよう伝えなければならないな。
…汎用ハンドのスペアも用意しておこう。」


お目当てのパーツはすぐ見つかった。両手で抱えてひとりごとを呟きながら、育ち盛りの可愛い相棒のもとへと戻るアイちゃんであった。

 

おわり